シュウ、虹の橋を渡って行きました

2020年11月18日、我が家の愛犬シュウが逝ってしまいました。12歳7か月でした。
シュウは8歳の頃から心臓弁膜症を患っており、投薬治療を行っていました。薬のおかげで元気に過ごしてきましたが、今年の誕生日を迎えてから痩せはじめ、夏は下痢気味でした。10月に入ってから発作を起こすようになり、10月19日に酸素濃縮器のレンタルを開始しました。
手持ちのケージで酸素室を作成しましたが、調子のいい時は嫌がるので寝ているとこを9メートルに延長した酸素チューブで吸入させ、移動すると追いかけて吸入させました。おかげで呼吸も落ち着いていました。ただ下痢がなかなか良くならず、治りかけたと思ったら下痢になり、排便で体力を消耗するらしく下痢をした後に倒れるので、本犬は自宅酸素室に入れて下痢止めだけ出してもらいに行ったりしていました。食欲がある時は人間の食べ物を欲しがりました。

亡くなる前の晩とその前の晩、夜中にシュウが起きる気配で一緒に起きて酸素吸わせたり、下痢のサポートをしたりで一時間おきに目覚めたため、睡眠不足になりました。でも亡くなった日の昼間とその前の日、私のお昼ご飯の鶏肉をおねだりにしに起きてきて(シュウが食べそうなものをピックアップしていた)たくさん食べました。寝ている間の吸入で呼吸も落ち着いていて下の色もチアノーゼが出てなくて、亡くなった日も、庭で少し良くなった便をしました。排便後はそのまま家の中へ連れて行き、酸素吸入の後にお尻の始末をして、倒れなかったので、調子良さげだなと思っていました。

午後、おなか一杯で排便でスッキリしたシュウはまた寝ていました。酸素濃縮器本体は玄関に設置したのと、シュウが1階を好んでいて私もリビングで寝起きしていたので、私も午後はうとうとしていました。ダンナが夜勤で16時半に歯医者の予約があり出かけ、治療時間が遅れていたため、シュウが寝ている間に急いでロンとジョリーの散歩を済ませ帰宅すると、シュウはまだ寝ていました。

シュウが起きてきて、水の器の前で立っています。3日くらい前に携帯用の給水器で飲ませたら器から飲むより楽に飲めたらしく、水の器の前に立って給水器を見つめています。給水器を差し出し、シュウもたくさん水を飲みました。ダンナが帰ってきてロンとジョリーの夕ご飯を用意したんだけど、シュウの分はどうせ食べないからちゅーるでいいだろうと何も出しませんでした。お昼に私のお昼の鶏肉食べたからとシュウにも鶏胸肉を出してやったけどお腹すいていないのか食べませんでした。食べなかったからいつもの投薬に下痢止めを足したものを粉砕してちゅーるに溶いて口元に塗り付け舐めとらせます。下痢が1週間しても治らないので代えてもらった下痢止めが苦かったから首を振って嫌そうにしていました。この時点で18時ちょっと回っていたのだと思います。

そのまま水の器の前あたりで、シュウが倒れました。いつでも酸素吸入できるようにお世話のときは手元に酸素チューブを持ってきているので、抱き上げすぐ口にあてて吸入させました。苦しそうにしているシュウ。けど、いつもの発作で酸素吸入していれば落ち着くだろうと思っていました。

「プー、プー」
シュウが小さなおならをしました。ウンチが出ると思ったので目の前にあったシュウお気に入りのピンクの丸いペット布団に寝かせお尻の下にペットシーツをあてました。苦しそうに踏ん張るシュウ。
「シュウちゃん、今ウンチしなくていいんだよ?苦しいでしょう?」
ダンナが口元に酸素あてて私はお尻の始末をしていたら、シュウの様子がおかしくなり、舌がデロンと出ていて、やばい!窒息する!と思い、指を入れてみたけど、それはなさそうだったから、酸素チューブの先につけていたお椀状のマスクを外し直接口に当てがい、素人ながらに心臓マッサージをしました。でも小型犬だからあんまり力入れるとあばら骨が折れてしまうと思うとそれ以上強くできず・・・その手を胸に当てると鼓動が小さくなっていて、え?
耳を当てると呼吸していない。

「息してないかも!」と言うとダンナがかかりつけ病院に電話しました。
ぐったりしているので、ピンクの布団ごと抱きかかえ、ダンナにバックを持ってもらって慌てて家を出たので、ロンとジョリーがどうしていたのかわかりません。おそらくエサを食べていたんだとは思うけど。たぶんこれが18時20分くらい。

車で5分もかからないんだけど、ちょうど信号に引っかかってしまい、早く早く青になって!

病院にかけこむと先生が受付で待っていて、ピンクの布団ごとシュウを託しました。奥の処置室に連れて行かれたけど、すぐに私達も呼ばれ、先生が心臓の辺りに注射して心臓マッサージを施してました。

顔を上げた先生が「残念だけど、瞳孔も開いちゃってる。」と言われたのが18時半くらい。

ほんとにあっという間の出来事で、30分くらい前には給水器でずいぶんと水を飲むほど普通(と言っても弱っていて器からだとうまく飲めなかった)の様子だったのに。今でもあの時のことが夢の出来事のようです。

助手さんがお尻を綺麗に拭いてくれました。家に戻ったのが19時前だったように思います。

もう家の中のどこにもシュウが居ません。お気に入りの脱衣所にも、ワンコ部屋にもダイニングチェアの下にも、リビングの窓辺にも。

翌日一日、水があまり減りませんでした。シュウが居た時は三回位水換えていて、ちょっと汚れると水の器を乗せたワンコ用の食器テーブルの前で立って待ってたシュウ。亡くなった日の朝、燃えるゴミの日で、パンパンに詰め込んだゴミ袋を出したんだけど、その日の夕方亡くなる直前にオムツ替えしていて、それが最後で、次のゴミの日が土曜日、ゴミの袋がパンパンにならず、軽くて・・・。それだけ利尿剤で大量の水を飲み、オシッコしていたんだね。

Chou d’amour (シュー・ダムール )私の愛のキャベツちゃん。長生きさせてあげられなくてごめんね。一緒に暮らしてくれてありがとう。
いつかおかあしゃんもそっちに行くから、カンタと一緒に待っててね。